地球そのものをガイアと呼称する場合、そのガイアを代表する高度な地球意志のひとつが極東、特に日本に深く根ざした『オロチ』という存在である。
地球意思の存在は単一ではない。
ある程度信頼できる資料に裏付けされた地球意思は二つ。幅を広げるとすれば十数個の存在が各説によって訴えられている。そしてそれぞれに個性とも言うべき特徴がある。オロチは人が自然の一部である限りその存在を許容したが、そうではない存在もかつてあった。
主に西欧を中心に勢力を誇っていた第二の地球意思。そしてそれに仕える一族(オロチに対するオロチ八傑集)である。ここでは便宜的に一族のことを『彼ら』と呼ぶ。
彼らは人が狼を忌み嫌うように人を憎悪し、人類がまだそれほどの力を得ていない時代より、積極的に人類と敵対してきたと思われる。さまざまな神話や宗教においても彼らの姿が語り伝えられていた。
時に彼らは「悪魔」と呼ばれ、個々の能力で圧倒的に人間を上回っていたために、人は彼らを畏れ、敬いさえすることもあった。まるで神に対するかのように……。
だが、人が人として集団の力を発揮するようになると、このパワーバランスは次第に崩れはじめる。古代ヨーロッパに生きた人々は、気の遠くなるほどの長い年月をかけて、彼らを一人、いや一匹ずつ、臼で轢き殺すようにして潰していった。
アジアが自然との調和を尊んできたのと対照的に、西欧は早くから自然を克服し、自然を上回ることを至上としてきたのは、この過程を経てきたからなのか。それとも逆にそのような素養があったからこそ、数百年という気の遠くなる戦いを経て「悪魔」を退治してきたのだろうか。
いずれにしろ、彼らは次第に追いつめられていった。
紀元前から西暦六百年の間にかけて、彼らはゆっくりと滅びの道を歩み、そして小川が砂浜に消えるようにして消えていった。その後の歴史に、彼らの具体的な行動を示す資料は遺されていない。
地球意志のひとつが、ここで完全に力を失ったのである。
※ ※ ※
話は現代へと移る。
比較的新しい出来事であるから、記憶に残っている方も多いのではないだろうか。
一九九九年に起きた太陽系惑星の十字配列「グランドクロス」と、二〇〇〇年に起きた「惑星直列」である。
結果はご存じのとおりである。一部のカルト教団が騒いだ他は、極めて日常的にこの二つの天文学的イベントは始まり、終わった。
直前・直後には、各地でさまざまな怪現象が記録または通報されたが、そのほとんどはデマか、取るにたりない無関係な現象であったことは間違いない。
ここで、この書類に同封する写真を確認して欲しい。
これはアメリカの某機関が、二〇〇〇年に確保し、そのまま保管し続けていたファイルに含まれている。写真の中央には七名から八名の人間らしき画像が映されていて、それが宇宙からやってきた人間ならざる生物であるという、地元民の通報及び写真資料提供がなされた一件である。(該当資料は調査の価値なしとして、保留扱いのまま数年間放置されていた)。
写真中央右寄りの人物に着目して欲しい。
この人物(?)は、去る二〇〇三年に世界規模の格闘大会「キング・オブ・ファイターズ」を裏から開催、利用することにより、厳重に封印されていたオロチの封印を解き放った組織の首謀者とされる、無界と呼ばれる男に酷似している。
また同様に左端の女性は、オロチに対する三種の神器の一角、八咫家の当主をマインド・コントロールによって操っていた者と同一人物の可能性が高いことが、関係者への調査で明らかになっている。
私は、上記の一件が、数百年に一度という稀有な惑星配置状況を利用した、時間跳躍現象であるとの確信を得た。同時に、歴史的単位で時を前後し、場所さえも違えて出現しているはずの両者が、同一の存在ではあるという点も疑いないと考える。
まず先に結論から述べる。
彼らは『過去という遙けし彼の地』より出ずる者達ではなかったのだろうか。
荒唐無稽な推理と思わないで欲しい。一見して無関係に思えるこの二つの事柄を結びつける決定的な鍵について以下に説明する……。
※ ※
「……命知らずの愚か者が」
その男の体表に浮き出た刺青状の模様が、青く光って上下に流れた。
巨大な目と長い手足。昆虫か爬虫類を思わせる風貌。その手の先にひとりの男が首を掴まれたままで喘いでいた。右手に握っていた資料がバサバサと音を立ててこぼれ落ちる。
ぼきり。
無惨な音がして、男の首が乾いた小枝のように折れた。
足元に散乱した資料を、まるで女性のような細身の男が拾って流し読む。
「……危なかったぜ。正解とはいわないまでも、かなり核心に近いところまで調べ上げてやがる。これがまるごと公にされてたら、ン年越しの計画がパーになってたのは確実だったな。ま、ちったあ漏れるのは今さら防げねえだろうが」
「だから私は目についた人間を全て始末しろと言ったのだ。……それを無界めが」
「ま、しょうがねぇんじゃないか? 俺たちが『こっち』に来てしばらくの間、時間と情報とコネクションが不用だったとは言わせねぇぜ」
「紫苑、貴様は何かといえば無界の肩を持つが……」
紫苑は華奢な肩をすくめた。
男の方は爬虫類のような姿から、急速にただの人間の姿に変化しつつある。
「無界といい貴様といい、この禍忌の意に反するようなことがあれば……」
完全に人間の姿と化した禍忌は、己の正面の空間に腕を振るった。
紙でも破るような音がして、その空間が裂けた。裂け目の向こうに、何やら名状不能の紫色の空間がうかがえる。禍忌はその裂け目に平然と足を踏み入れた。
「別に逆らやしねぇよ。俺は血が沸き立つような戦いができりゃあ、それでいいんだ。だが禍忌さんよ、人間をあまり舐めすぎない方がいいんじゃねぇのか?」
「無界の受け売りか紫苑。少しは己の言葉で物事を語るがいい」
次元の裂け目が次第に閉じて行く.
その先がどうなっているのか、禍忌以外に知るものはいない。
(「可能性を委ねられし人」だと? バカバカしい)
禍忌は人間の基準として充分以上に整った顔を醜く歪めた。
「だがよかろう、この私に対してその可能性とやら……、見せてもらおうではないか」
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